植物の香りと源氏物語
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に引き続き、今日は「植物の香りと源氏物語」についてです。
10月23日に、松谷茂氏(京都府立植物園名誉園長/京都府立大学客員教授)の『源氏物語の植物をめぐる』という講座に参加しました。
京都府立植物園で松谷先生と歩きながら学ぶ講座です。
京都府立植物園には、約12000種の植物があり、源氏物語に登場する86種があると言います(源氏物語に登場する植物は110種)。
その植物を紫式部がどう描いたのか、そして「どのように嗅いだのか」をも学ぶ講座でした。
レジメでは40種の植物と番外編として9種類が挙げられました。
このうち「香り」について、触れられている描写を講座からご紹介します。
私たちが、普段、香りを愛でるとは思わないような植物についても挙げられていて興味深く感じました。
◆カツラ(11帖花散里)
御耳とまりて、門ぢかなる所なれば、そこしさし出でて、見いれ給うへれば、大きなる桂の木の追ひ風に、祭りの頃、おぼし出でられて、そこはかとなく、けはいをかしきを・・・
(源氏が出かけた際に、一度だけ逢った女性の邸から琴の音が聞こえてきた。それを聞いて、車から身を乗り出してな顔見た時に、吹きすぎる風が桂の香りを運んだ)
桂は落葉するとマルトールという上品な甘い香りを放つ。しかし、この場面の季節は現在の6月頃である。果たして香っていたのだろうか。
◆ワレモコウ(四二帖 匂宮)
秋は世の中のめづる女郎花、小牡鹿の妻にすめる萩の露にもをさをさ御心移し給わず。老いを忘るる菊に、おとろえゆく藤袴、ものげなきわれもこうなどは、いとすざましき霜枯れのころほひまで思し棄てずなどわざとめきて、香にめづる思ひをなん立てて好ましうおはしける
(生まれつき芳香を発する薫と、芳香を焚きしめている匂宮は、世間の人が気に入っている女郎花などに目もくれず、不老の菊、枯れていく藤袴、見栄えのしないワレモコウなど言う芳香のある植物を気に入っていた)
ここでワレモコウの香りが良いものとして挙げられているが、塩素のような香りで現代人の私たちには、お世辞にもよい香りとは感じられない。
女郎花
ワレモコウ
藤袴
◆シキミ(四七帖 総角)
名香のいとかうばしく匂ひて、樒のいとはなやかに薫れるけはいも
(名香の匂いがまことに香ばしく漂っていて、樒が強い香りを放っている)
樒が強い香りを放つのか?という疑問がわいてくる。
◆アズサ(ヨグソミネバリ・夜糞峰榛)(八帖 花宴)
あづさゆみ いるさの山にまどふかな ほのみし月の影や見ゆると
(あづさ弓は「射る」の掛詞。見失いかけた女性を訪ね当てたと感動的に訴えた場面の歌)
木の皮を剥ぐと、サリチル酸メチル、つまり湿布薬の香りがする。
昔はこれを臭いと嫌い、何と「夜糞」という、あんまりな名さえつけた!
◆タチバナ(多くの場面で登場)
過去の人との思い出を語るときに登場する。
タチバナの花の香りは、懐かしい人、故人の思い出を連れてくるとされる。
昔の人の香りの感じ方は、今の我々の感じ方とは少し異なる部分もあるように思えます。
また、植物の香りについてとても鋭い嗅覚を持っていたことが感じられます。
これは私の推測ですが・・・。
現代人は五感のうち、視覚から得る情報がとても多くなっています。
夜でも煌々と灯りが付いており、視覚からの情報を得ることができます。
しかし王朝時代には、夜のとばりが下りるとあたりは漆黒の闇に包まれます。
闇の中では嗅覚の情報の必要性が高まります。
源氏物語の中でも、寝所に忍んできた男が光源氏であるとその香りで知る場面もあります。
この時代の人たちは私たち以上に嗅覚が優れ、微かに漂う植物の香りも鋭敏に感じとったのではないでしょうか。
嗅覚受容体は、環境に対するセンサーである。
ヒトが持っている嗅覚受容体遺伝子のセットは、ヒトという生物種の生存環境にとって重要な匂いを嗅ぎ分けられるようにチューニングされている。
<略>
進化の過程でヒトの嗅覚は退化していき、それに伴って嗅覚受容体遺伝子は徐々に機能を失っていった。
現在のヒトゲノムに見いだされる嗅覚遺伝子の累々たる屍は、かつての繁栄の名残なのである。
『遺伝子が解き明かす匂いの最前線 興奮する匂い 食欲をそそる匂い』新村芳人著
植物の香りを濃縮した精油の強い香りを、あるいは現代の香水を紫式部に嗅がせたら紫式部はどんな顔をして、なんと表現するのだろう、などと考えると面白いですね😊