橘の香りと和のプルースト効果
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今、平野神社(京都市北区)の橘の花が満開を迎えています。
毎年見に来るのですが、今年は今まで見たことのないほどにたくさんの蕾がついていたので、開花を楽しみにしていました。
静かな境内に入ると樹齢400年を超えるご神木の楠が優しい日陰を作ってくれています。
神殿のほうから漂う香りの源が、橘の花です。
ネロリ精油を思わせますが、それよりもさらに気品のあるように感じます。
嗅覚の特徴として、香りは「古い脳」と呼ばれる大脳辺縁系にダイレクトに伝わり、本能や情動に作用することがわかっています。
そして、香りは、古い記憶と結びつき、生々しく懐かしい思い出を呼び起こします。
フランスの文豪プルーストが『失われた時を求めて』という小説で、マドレーヌを紅茶に浸した時の香りで古い記憶がよみがえったと書いたことから、この作用は「プルースト効果」と呼ばれています。
しかし、フランス文学を持ちだすまでもありません。
日本でも、
「五月待つ 花橘の香をかげば 昔の人の袖の香ぞする」(古今集)
と詠まれてから、橘の香は、かつて愛した昔の恋人を思い起こさせる香りとされるようになりました。
「和泉式部日記」の冒頭でも、この橘の花がモチーフにされています。
人妻でありながら、身分違いの恋に落ち、そしてその若い恋人に先立たれた和泉式部。
物語の冒頭はこのような描写から始まります。
夢よりもはかなき世の中を歎きわびつつ明かし暮らすほどに、四月十余日にもなりぬれば、木の下くらがりもてゆく。
(夢よりも儚かった為尊親王との仲を、嘆きわびながら明かし暮らしているうちに初夏の四月十日過ぎにもなったので、葉が茂って木の下がだんだん暗くなっていく。)
旧暦の4月10日はちょうど今くらいの季節でしょうか。
亡くなった恋人の弟、敦道親王が「兄宮の恋した人はどうしていらっしゃる」と、香り立つ橘の一枝を届けさせます。
和泉式部は、大胆にも
「薫る香に よそふるよりは ほととぎす 聞かばや同じ 声やしたると」
(橘の香りに亡くなった方を偲んでいるよりは あなたのお声を直接お聞きしたい お兄さまと同じお声なのかどうか)
と、返歌するのです。
敦道親王と式部の、新しい恋の始まりでした。
平野神社の、まさに「木の下くらがりもてゆく」なか、式部と敦道親王の間に漂った橘の香りに身を置くと、古にタイムスリップ出来そうです。
ちなみに、橘の実は、不老不死の力を持っていると考えられたため、京都御所紫宸殿前に橘の木が植えられ、女の子の健康と幸せを願う雛人形にも飾られるそうです。